comomo's Wedding note

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Posted by comomo on  | 

フランス新婚旅行(6日目④) 【シュノンソー城】 ロワール古城見学ツアー

こんにちは☆ こももです:)

前回の記事、シャンボール城の次に向かったのは、シュノンソー城☆

P4111146.jpg

シェール川の上に建つ、優美なお城です。




駐車場からお城に向かう途中、小川?水路を渡ります。

こちらの緑の水路の眺めが涼しげで心地良かったです。

P4101033.jpg

並木の先に見えるのが、シュノンソー城。

P4101034.jpg



並木を抜けると、、、スフィンクス!

P4101035.jpg



シュノンソー城は、シャルル8世侍従のトマ・ボイエによって1513年に着工して21年に完成したお城です。

お城の建築作業を見回ったのはボイエの妻、カトリーヌ・ブリコネー。

シュノンソー城は、女性が監修したため、佇まいも、内装も女性らしさを感じるものとなっているようです。



規模も小さく可憐な印象で、滞在目的が狩猟で巨大なシャンボール城とは対照的なお城です。

国庫への債務のためボイエの息子によってフランソワ1世に献上され、彼が1547年に死ぬと、息子のアンリ2世は城を愛妾のディアーヌ・ド・ポワチエに贈りました。

そんなわけで、アンリ2世の愛妾ディアーヌ・ド・ポワチエと、正妻カトリーヌ・ド・メディシスとの熾烈な確執が繰り広げられた城とも言われています。きゃーっ。

16世紀から歴代、女性が城主だったので「6人の女の城」とも呼ばれています。

20140410_165319.jpg

橋を渡って、さっそく中へ行ってみます♡



まずは、1階入り口側のお部屋へ。

こちらは護衛兵の間。

P4101042.jpg

大きく立派なタペストリーが飾られています。

暖炉は今も現役。

P4101043.jpg



お隣は「礼拝堂」です。

P4101044.jpg

ステンドグラスの窓は、1944年の爆破で破壊されたため、1954年に新たに制作されているそうです。

P4101045.jpg


入り口のドア

P4111048.jpg



続きましては、二番目の城主「ディアーヌ・ド・ポワチエの寝室」。

P4111050.jpg

フランス王アンリ2世からシュノンソー城を与えられた愛妾ディアーヌ・ド・ポワチエが使っていたのが、このお部屋です。

ディアーヌは、もともとアンリ2世の教育係で20歳以上も年上!

ディアーヌは美しい女性として知られ、50代になってもその容貌が衰えることがなかったそうな。



1559年、アンリ2世が馬上試合の一騎打ちで自分のスコットランド衛兵隊長ガブリエル・モンゴメリに殺されると、残された王妃カトリーヌ・ド・メディシスはシュノンソーを自分に返すようディアーヌに命じ、代わりにショーモン城をディアーヌに与えたとされています。

気の強いカトリーヌ・ド・メディシスがディアーヌを城から追い出した。。。というのが通説のようですが、交換して与えたショーモン城のほうが付属する領地からの収入が多く、シュノンソー城は王や来客接待用の城であり、王亡き後のディアーヌにはあまり接待の必要もなかったことから、双方合意の上だったという説もあるようです。

P4111052.jpg



「緑の書斎」は、カトリーヌ・ド・メディシスの書斎。

彼女は夫のアンリ2世の死去に伴い、王国の摂政となった彼女はこの部屋からフランスを支配しました。

そんな緑の書斎の奥の小さな部屋は、「図書室」として使用されていました。

P4111054.jpg

窓からは、シェール川とディアーヌの庭が見渡せすことができます。


P4111056.jpg

イタリア風のオーク材の格間の天井は1525年のもので、小さな楔が下がっています。

城を建設したトマ・ボイエとカトリーヌ・ブリコネーのイニシャルT、B、Kが記されています。


P4111057.jpg

入り口の上には、絵画が飾られています。



「ギャラリー」

P4111061.jpg

1576年、3番目の城主カトリーヌ・ド・メディシスは、ディアーヌがシェール川に架けた石橋の上に幅6m、長さ60mの回廊(ギャラリー)を建設します。
 
翌年、ここでカトリーヌの息子アンリ3世のための舞踏会が開催されました。
 
1914~1918年にかけての第一次世界大戦の間は病院として利用され、多くの負傷者がここで治療を受けたそうです。

真下はシェール川☆

P4111058.jpg

P4111066.jpg


「フランソワ一世のサロン」

全体を撮り忘れた。。。

P4111067.jpg



影も雰囲気があります。

P4111069.jpg



さてさて、一番下の階に行ってみます☆

こちらは厨房(台所)です!

P4111072.jpg

P4111073.jpg


女性が監修しただけあって、厨房はとっても広いスペースを有しています。

P4111074.jpg

P4111075.jpg


パン焼き窯も☆

P4111076.jpg


お肉を解体する台。

P4111078.jpg


すぐ下を川が流れているため、水をくみ上げるものもありました☆

P4111082.jpg

P4111088.jpg

P4111090.jpg


きれいに展示されていますね。

P4111093.jpg

タイルの床がかわいい♡

P4111105.jpg



さてさて、階段を上がって上の階も見てみましょう♪

P4111107.jpg


階段を登るとどーんと見えるのが飾られたお花と大きなタペストリー☆

「カトリーヌ・ブリソネのホール」です。

P4111109.jpg



「ガブリエル・デストレの居室」

カトリーヌが1589年に死ぬと、城はアンリ3世の妻でカトリーヌにとっては義理の娘になるルイーズ・ド・ロレーヌ=ヴォーデモンが相続。

1624年にはアンリ4世の愛妾ガブリエル・デストレがシュノンソーを居城としました。

P4111110.jpg

P4111112.jpg

P4111113.jpg

ガブリエル・デストレというと、ルーヴル美術館に収蔵されている、

《ガブリエル・デストレとその姉妹ビヤール公爵夫人とみなされる肖像》が有名ですね☆



その後は、ルイーズの相続人ヴァンドーム公セザール・ド・ブルボンとその妻ヴァンドーム公爵夫人フランソワーズ・ド・ロレーヌの資産となり、ヴァロア朝の遺産として代々引き継がれて100年以上が経過します。

1720年になるとブルボン公ルイ・アンリがシュノンソー城を買い取り、城の調度を売却。

すばらしい彫像の多くがヴェルサイユ宮殿に納められたそうです。

地所そのものはクロード・デュパンという大地主に売却され、その後も主が何度か変わり、1913年からはチョコレート業者のムニエ一族が所有しているそうです。



「カトリーヌ・ド・メディシスの居室」

P4111118.jpg

天井の格子内に様々なイニシャルが見えます。

メディチ家の紋章と、中央にカトリーヌの”C”とアンリ2世の”H”が組み合わさったイニシャルが表されている部分があります。

P4111119.jpg



更に階段を上がります。

P4111126.jpg

P4111127.jpg



「ルイーズ・ド・ロレーヌ=ヴォーデモンの寝室」

夫アンリ3世が1589年8月に修道士ジャック・クレマンに暗殺された、ルイーズ・ド・ロレーヌ=ヴォーデモンはシュノンソー城のに引きこもり、この真っ黒な部屋で瞑想と祈りを捧げたそうです。

王室の慣習で王への哀悼を示す白い喪服を常に着用して「白衣の王妃」と呼ばれました。

P4111132.jpg



さて、他にもお部屋はいくつもありましたが、現地で見る方が良いですよね☆

内部のご紹介はこの辺にしておきます。

こちらは、カトリーヌの庭園。道を挟んで反対側にディアーヌの庭もあります。

P4111139.jpg



お城を裏側から〜☆

P4111141.jpg



こんな迷路のお庭もありました☆

P4111150.jpg



以上で、見学終了!

ミニバンでトゥールの駅前まで戻り、TGVでパリのモンパルナス駅へ移動します。

トゥール駅では、有料トイレで安心して用をたしました。

余談ですが、トイレに入ったらバッグが置き忘れられていたので、入る時にすれ違ったおばさんかも!と追いかけたら、彼女のものでした〜

良かった良かった♪

この旅ではトイレのハプニングがいろいろありました(笑)

では、今回はこの辺で☆

スポンサーサイト
Posted by comomo on  | 0 comments  0 trackback
このカテゴリーに該当する記事はありません。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。